あなたの感情が、意図的にコントロールされているとしたら。しかもその感情が誰かのお金儲けに利用されているとしたら。
知らないうちにそんな心理操作に巻き込まれているとしたら、ちょっと怖いですよね。でもこれはSNSの世界で、今や日常的に繰り広げられているのです。
怒りを餌に反応を釣る「レイジベイト」
「レイジベイト(rage bait)」という言葉をご存知でしょうか。
「レイジ(rage)」は怒り、「ベイト(bait)」は釣りや罠の餌のこと。つまり怒りを餌にして、人の反応を釣る手法のことです。
もともとSNSユーザーの間で使われていたインターネットスラングですが、2025年にオックスフォード大学出版局が「今年の一語」に選んだことで広く知られるようになりました。
選んだ理由について、同出版局の社長はこう述べています。「かつてのインターネットは好奇心を刺激してクリックを促すことが主流でした。しかし今は、私たちの感情そのものを乗っ取り、影響を与え、反応を操作する方向へと劇的に変化しています」1)。
意図的に怒りや不安を煽り、「いいね」「コメント」「シェア」などの反応を集める。今やSNSの主流となりつつあるこのレイジベイトが、近年世界的な社会問題として認知され始めています。

なぜ怒りは拡散されやすいのか
なぜ、怒りはこれほど広まりやすいのでしょうか。
人間の脳はもともと、喜びより怒りや不安に強く反応するようにできています。危険を素早く察知するための生存本能の一つで、心理学では「ネガティビティ・バイアス」2)と呼ばれています。
2017年、ニューヨーク大学の研究チームが、SNSとネガティビティ・バイアスを関連付ける調査結果を発表しました3)。銃規制や気候変動など、対立を生みやすいテーマの投稿56万件以上を分析したところ、「ひどい」「許せない」「危険」といった感情的な言葉が1語増えるごとに、拡散率が約20%上昇することがわかったのです。
この結果が示すのはつまり、怒りや不安を訴えるほどに注目が集まりやすく、また広く共感を得やすいということ。SNSでまさにネガティビティ・バイアスが作用してるということです。この心理を巧みに利用しているのがレイジベイトというわけですね。

拡散されると誰が得する?
しかしそもそもなぜ、SNSなどの投稿を拡散させようとするのでしょう。
SNSで「いいね」「コメント」「シェア」などの反応が増えると、アルゴリズムが働いてその投稿がより多くの人に届けられるようになります。これにより投稿者のフォロワーが増加。フォロワーが増えることで、結果的に収益が生まれます。
たとえば、YouTubeなら再生数に応じた広告収入、インスタグラムやXなら企業からのPR案件。フォロワー10万人を超えると、1投稿で数十万円の報酬が発生するケースもあります。動画や投稿で注目を集めたあと、「続きはLINEで」「詳しくはプロフィールリンクから」といった形で有料サロンや商品購入ページへ誘導するのも、よく使われる手法です。
SNS投稿などのコンテンツが急速に拡散され注目を浴びることを「バズる」と表現したりもしますが、つまり、投稿がバズると投稿者に収益がもたらされる構造があるのです。だからこそ、バズらせたい人が一定数存在し、効果的にバズらせる手段としてレイジベイトが使われているというわけです。

具体的にどう使われている?
レイジベイトにはさまざまなパターンがあります。
煽りタイトル・センセーショナルな表現
「◯◯発言に批判殺到」「◯◯がSNS炎上」「支持派vs批判派」——YouTubeのタイトルや投稿の見出しで、怒りの声を並べたり、対立構造を単純化したりして興味を引こうとするのはよくあるパターン。
発言の切り抜き
長い発言の一部だけを切り取り、前後の文脈を省いて拡散させるパターンもよく見られます。
「◯◯という主張は間違っている」という趣旨の発言も、「◯◯」の部分だけ切り取れば、その人が◯◯を主張しているように見える。その結果、切り抜きを見た人に本来の趣旨とはまったく異なる印象を与えてしまいます。
炎上商法
物議を醸すとわかっている発言をあえて投稿する「炎上商法」もレイジベイトの一形態。物議を醸すという意味では、民族・国籍・性別など特定の属性を標的にしたヘイト投稿の中にも、炎上を狙ったものが含まれている可能性があります。
「これって普通じゃないの?」などと非常識に思われるようなエピソードを投稿して炎上しているケースも最近よく見られますが、この手の投稿も実は計算されたものかもしれません。
バズっている意見への便乗
話題になっている炎上を引用して、「私もそう思う」「やっぱりひどい」と共感したり、「それは違うだろ」と反論したりすれば、それだけで注目が波及することも。
意見を述べているように見えて、実際にはレイジベイトの波及を狙っているだけというパターンもあるため、構造はなかなか複雑です。

怒り続けることの代償
いずれにせよ忘れてはいけないのは、レイジベイトの目的はあくまでも「怒らせること」「不安にさせること」、そしてそれらの感情を「さらに煽ること」。内容の正確さは後回し、それどころか意図的に情報を改変していることさえあります。
レイジベイトに乗せられて、感情のままに「いいね」「コメント」「シェア」してしまうと、間違った情報を拡散したり、誰かを深く傷つけたりしてしまうことになりかねません。
さらに、怒りを感じて反応し続けることには、自分自身への代償もあります。怒りについて繰り返し考えるほど怒りはさらに強くなり、不安やうつにもつながりうることが研究で示されています4)。
誰かのお金儲けのために、自分の感情と健康が消耗されているとしたら、悲しいですよね。

だから今、メディアリテラシーが必要
だからこそ今、「メディアリテラシー」が必要です。メディアリテラシーとは、「メディアが伝える情報を批判的に読み解き、活用する力」のこと。
YouTubeやSNSの投稿を見て怒りや不安を感じたとき、感情のままにリアクションするのではなく一度立ち止まってみる。そして「誰が・なぜ・何のために発信しているのか」を意識してみてください。それがメディアリテラシーの第一歩にもなります。
まずは自分の感情と健康を第一に、メディアとの付き合い方を見直していきましょう。
本記事は一般的な情報提供を目的としており、特定の心理的診断や治療を推奨するものではありません。
参考情報
- Oxford University Press, “The Oxford Word of the Year 2025 is rage bait”,
https://corp.oup.com/news/the-oxford-word-of-the-year-2025-is-rage-bait/ - Baumeister et al., “Bad is stronger than good”, Review of General Psychology, 2001,
https://doi.org/10.1037/1089-2680.5.4.323 - Brady et al., “Emotion shapes the diffusion of moralized content in social networks”, PNAS, 2017,
https://www.pnas.org/doi/10.1073/pnas.1618923114 - Navarro-Haro et al., “Mediating Role of Rumination Between Anger and Anxious-Depressive Symptomatology”, Frontiers in Psychology, 2023,
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC10397117/
記事作成日:2026/5/16
