ぷらっと「自分探しの旅」に出る勢と、「旅で自分が見つかるわけないだろ」という冷笑勢がそれぞれ一定数いる。とりわけ冷笑勢のスタンスは、自分探しの旅というものをかなり懐疑的かつ批判的に捉えているように見える。

勇気を振り絞って言うが、筆者はどちらかと言えば前者、つまり「自分探しの旅」的なものをちょいちょいやりがちな界隈である。ちょっと肩身が狭い。

しかし思えば、自分探しの旅的なものをする時、「自分」を見つけたいと強く願っているわけでもないし、「自分」が見つかったという実感を得たこともない。

ていうかそもそも、自分探しの旅ってなんぞ。よく分からなくなってきた。

自分探しの旅をする男性のイメージ

「自分探しの旅」とは何か

「自分探しの旅」とは何を指すのか。もちろん辞書には載っていない。ただし「実用日本語表現辞典」にはこうある。

アイデンティティを確立する自分を変えるきっかけを見つける自分自身の人生を見つめ直す、などの目的で行われる旅を意味する語。主に、若者の一人旅を指すことが多い。
実用日本語表現辞典 – weblio

実用日本語表現辞典は文責不明のオンライン辞書ではあるが、たしかに一般的な認識はまさにこの通りではないかと思う。だからこそ「旅でアイデンティティが見つかるものか」という反発が起こりうるわけで。ひとまず暫定的にこれを定義としよう。

一方で、引用の後半にもあるように、たとえアイデンティティの確立を目的としていなくても、広義的に「若者の一人旅」全般を自分探し的なものと捉える向きも少なくない気がする。

ちなみに、筆者の場合すでに若者ではない。なので、筆者のやる自分探しの旅的なものは、定義から見れば「ただの一人旅」ということになる。なんだ。勝手に肩身を狭くしていた。なーんだ。

一人旅をする若者のイメージ

自分探しにおける「自分」とは何か

ところで、自分探しにおける「アイデンティティ」とは何か。アイデンティティには明確な定義がある。

アイデンティティ
〘 名詞 〙 ( [英語] identity )
① 他とはっきりと区別される、一人の人間の個性。また、自分がそのような独自性を持った、ほかならぬ自分であるという確信。組織、集団、民族などにも用いる。自己同一性
② 本人にまちがいないこと。また、身分証明。
出典: 選版 日本国語大辞典 – コトバンク

平たく言えば、「自分らしさ」ということになるだろう。ここで、ふと思う。「自分らしさ」って、そもそも確立しうるものなのだろうか。

発達心理学者ジェームズ・マーシャによれば、アイデンティティは2つの要素で構成されるものらしい。

  • 探求: 自分の生き方について本気で迷い、選択肢を検討すること
  • 関与: 仕事や価値観、生き方などについて、自分の時間・労力・関心を注ぎ込むこと

この両方が達成できて初めて「同一性の確立」ということになる。いずれか、あるいはいずれもが欠けると、不安が高まったり自尊心が低くなったりするそうだ。

しかし、一度アイデンティティを確立したらそれで終わりというわけでもない。「アイデンティティ」という概念を提唱した心理学者エリク・エリクソンはこう述べている。

アイデンティティを「確立する」という言い方をするが、それは鎧を身につけるように一度完成させて終わり、というものではない

つまり、「自分らしさ」は確立しうる。ただし、その「自分らしさ」は定性的なものではなく、「生き方について考え、その生き方に労力や関心を注ぐこと」という行為あるいは姿勢を意味する。そしてその模索は生涯続きうるものである、ということが言えるわけだ。

こうなると、「いつまで自分探しやってんだ」とはなかなか言えなくなる。

アイデンティティに迷う女性のイメージ

で、「自分探しの旅」で「自分らしさ」は見つかるのか

しかし実際のところ、自分探しの旅でアイデンティティは確立できるものだろうか。

いや、確立できるかどうかというのは、たぶん問われるべきではない。もとよりあらゆる行為に成果が伴うわけではない。問題は、旅がアイデンティティ確立の手段として妥当なのか、ということだ。

神経科学者ランディ・バックナーが脳の「デフォルトネットワーク」について報告している。

デフォルトネットワークというのは、タスクなどに取り組んでいない安静時にむしろ活性化する脳の領域のこと。この領域が活性化すると、過去の出来事を思い出したり、将来の予測・計画をしたりなどといった内省的な処理が進みやすくなるらしい。これ、アイデンティティ確立における「探求」「関与」とかなり親和性が高くないだろうか。

一方、「自分探しの旅」は、一般的なイメージからすれば、予定をぎゅうぎゅうに詰め込むタイプの旅行ではない。どちらかと言えば、行き当たりばったりのイメージだ。あえてタスクから離れた時間そのものを意図的に作っている行為だ、と言えなくもない。そう考えると、デフォルトネットワークが活性化する条件に近い。

これらを踏まえて、いったんこう結論づけてみたい。

自分らしさを見つけようとすることは大切だ。そして、旅は自分らしさを見つけるのに適したアクションである、と。

あと、自分らしさの確立は生涯の課題だそうなので、自分探しの旅もまた若者だけの特権ではない。いくつになってもやっていい。

ということで、筆者も引き続きちょいちょいやっちゃっていいだろうか。というか、みなさんもたまにはいかがだろう。予定を立てず、天気のままに、ぶらり市場巡りなども乙なものだ。

旅先で市場を散策するイメージ

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