豊かな自然に触れると心身が落ち着いてくる気がする、という人は少なくないですよね。近年、日光浴、海水浴と並んで、「森林浴」という言葉もずいぶん一般的になりました。
すっかりポジティブなイメージの定着した「森林浴」ですが、実際のところ、そのリラックス効果に科学的な根拠はあるのでしょうか。
15分の森林浴でストレスホルモンが低下する
ストレス環境下で分泌されるホルモン「コルチゾール」が、森林浴の後には明確に低下するという報告1があります。
コルチゾールはストレスに対抗するホルモンで、ストレスを受けた際に代謝を調整したり、炎症を抑えたり、血圧を安定させたりする働きを持っています。ストレスからの回復を目指して食欲を促す働きもある2のだとか。
唾液中のコルチゾール濃度が低いということは、コルチゾールを分泌する必要がない状態であるということですから、つまりストレスを受けていない状態であるということが言えます。
山形県のブナ林で行われた実験によれば3、森の中で15分座観(イスに座って森の景色を眺めること)したり散歩したりするだけで、コルチゾール濃度が低下したとのこと。森林浴の効果はなかなか強力のようです。

森林浴で自律神経が安定する
また、森林浴の前後で血圧を測定して比較した調査1では、森林浴後の収縮期血圧が明確に低下したそうです。
心臓はポンプのように収縮と拡張を繰り返して、全身に血液を循環させています。収縮期血圧とは、心臓が収縮して血液を全身に送り出す際に、血管の壁にかかる圧力のこと。病院などでよく「最高血圧」と言われるものです。ちなみに、「最低血圧」と言われるのが、拡張期血圧。
人間を含む動物は、ストレス環境下で血圧が高くなることが分かっています。交感神経が高まって、血液が勢いよく循環するからです。これは、ストレスを「危機」と捉え、その危機から身を守るために身体を活性化させる働きによるもの。
身体の活性化に影響する交感神経と、リラックスに影響する副交感神経は、「自律神経」として耳なじみがありますね。自律神経は、呼吸や消化、体温調節などといった無意識の機能を制御してくれる大切な神経系。これが乱れると「自律神経失調症」などと呼ばれ、さまざまな機能が不安定になってしまいます。
森林浴後に血圧が下がったということは、つまり交感神経の活動が低下し、副交感神経の活動が高まった3ということ。森林浴をすることは、自律神経を整える手助けにもなってくれそうです。

2泊3日の森林浴で抗がん能力が高まる
さらに、長めの森林浴が抗がん作用をもたらすことも報告4されています。都内の会社員を対象に、長野県で2泊3日の森林浴を実施したところ、なんと被験者のNK細胞が東京にいるときよりも活性化されたのだとか。
NK細胞とは「ナチュラルキラー細胞」と呼ばれるもので、体内の病原菌に対して高い殺傷能力を持つ自然免疫(生まれつき備わった免疫)の一つ。
長野県に2泊3日滞在し、森林散策コースを午前と午後にゆっくり歩いてもらうという実験で、NK細胞の活性化とともに、NK細胞から放出される3種類の抗がんタンパク質がいずれも増加したのが認められたそうです。
しかも1日滞在するごとに20~30%ずつ活性化したとのことで、もう数泊すればもしかするとさらに免疫の活性化が認められたかもしれませんね。
またこの効果の持続性にも注目したいところ。森林浴後の調査では、東京に戻って1週間経っても、NK細胞は森林浴に行く前より45%高いまま維持されており、1か月後でも23%高いままだったとのこと。これなら数か月おきの定期的な旅行なんかでも、じゅうぶんなリフレッシュになりそうですよね。

健康効果の秘密は「森の匂い」
森林浴にはさまざまな健康効果があることが分かりましたが、森林のいったい何がこのような効果をもたらすのでしょうか。その秘密は、「森の匂い」にあります。
森林特有の爽やかな香りに覚えはありませんか? ヒノキやクスノキでできた製品などからも、独特のスーッとした香りがしますよね。その正体は、「フィトンチッド」と呼ばれる植物成分。このフィトンチッドが、身体へのさまざまな健康効果に影響を与えているそうなのです。
1930年ごろ、ロシア(旧ソ連)のボリス・トーキン博士によって発見されたこのフィトンチッドは、抗菌、消臭作用があることでも知られています。実際に消臭チップとしてヒノキが使われていたり、ヒノキ、クスノキ、ハッカなどのアロマオイルが、さまざまな効果を期待して利用されていたりしますね。
ちなみに、空気中のフィトンチッドが最も濃くなるのは昼の時間帯だそうです。森林浴の恩恵をめいっぱい受けたいということなら、明るいうちに森林散策をするのが一番効果的かもしれません。

まとめ
木々の香りをかぐとなんとなくリラックスできる気がしていましたが、森林浴に実際これほどの科学的根拠があるというのは想像以上でした。
15分でもリラックス効果が期待できるというのは、ふと思い立って森林公園行ったりなど、気軽に生活に取り入れられてうれしいですよね。また、数泊すれば免疫まで高まるとのことで、ますます旅行への意欲が高まります。
今後は森へ行ったら、フィトンチッドを意識して五感で散策を楽しみたいと思います。
- 森林浴の癒しと健康増進効果について
https://www.ffpri.go.jp/pubs/seikasenshu/2006/documents/p28-29.pdf - ストレス負荷時の食事摂取量の変化と必要な栄養素
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjda/53/4/53_4_349/_pdf - ブナ天然林で森林のセラピー効果を検証
https://www.ffpri.go.jp/pubs/seikasenshu/2006/documents/p28-29.pdf - 心身相関の観点からみた森林浴の科学的効果
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jhas/8/2/8_78/_pdf